叔母のみっちゃん

今日は、母の三七日(みなのか 亡くなって21日)なので、母を偲び母に代わり

感謝を言葉にしようと思います。

 

 

母の葬儀の時、叔母の一人が「ホテルとらんとうち泊まり〜」と言ってくれて、二泊させてもらうことにしました。

 

その叔母は、出産時の事故で重度の障害を持って生まれちょうど10年前に24歳で亡くなった従妹の母親であり、叔母の姉である母がその生活を密にサポートしていたので、私達にとりましても第二の母のような叔母です。

 

その叔母は美容師さんで、無理な立ち仕事が祟り一人目を流産して、やっと授かった子が出産時に臍の緒で首が閉まった状態が長かったために重度の身体障害を残して生まれ、職業としての美容師は休み、その間も訓練だけは続け、子育てがひと段落したタイミングで自分の美容室を開業して今に至ります。

 

叔母の名前は「光子」と言って、私も幼い頃から今も「みっちゃん」と呼んで親しんでいますが、本当に光のように明るさの塊のような人でして、二度も我が子を亡くしたり夫が働かないなど辛いことたくさんあったはずなのに、その度に潔く強く明るく生きてきた人です。

 

昔からみっちゃん家が大好きでよく泊まりましたが、大人になってからは初めてのことです。

すっかり大人になったもう一人の従妹が、「宮姉ちゃん泊まりに来るんやったら私の部屋空けるわ!」と、わざわざその数日のために自分の部屋を空き部屋に引っ越し、一番に朝日の入る部屋に、お布団とテーブルと、姿見と、ティッシュやゴミ箱、そしてメモ帳とペンまでも用意してくれていました。

 

その子はお姉ちゃんに両親の全ての愛情と手を譲って育った子で、その寂しさを埋めるようにうちに来ていました。

従姉妹と言っても、子供の頃から両方の母親が区別なく愛情を注いでくれてその中で一緒に育ち、本当の姉妹に近いような親しみの深さです。

「今まで食べたどんなものより、姉が亡くなったときに握ってくれたおばちゃんのおむすびが心の底から美味しかった。どんなに頑張っても元気でなかったのにあのおむすびで、一気に心に元気がわいて頑張ろうって思えた。(実際に私が職場から駆けつけたときにも弔問に訪れた人に丁寧にお茶を淹れて笑顔で対応していました。)どんな美味しいものも、あのおむすびを超えるものはなくて、お礼言えてなかったの気になってたけど、やっと言えた!本当にありがとうございました。」と、母が面会できるようになってすぐに駆けつけ、そう励ましてくれたのもその子でした。

塩むすびやけどな〜笑」と母らしくおちゃめに返したそうですが、きっと涙が出るほど嬉しかったと思います。

 

そして母が亡くなり、そんな中、叔母と従妹にあたたかく迎えてもらって、お世話になったお礼に、コシヒカリと餅米を送るついでに銚子の名産も選んで詰めて送りました。

一人一人に感謝の手紙を書いて、それも同封して(本当は信書はだめなのですが、封をしなければ大丈夫だとデパートの人が昔教えてくださったので封をせずに)。

 

叔母には、娘の私からも本当にたくさんの感謝がありました。

母は四人兄弟姉妹の一番上で、次に妹(みっちゃん)、弟、妹と続きますが、その中でもみっちゃんは幼い頃から母と一緒に日本舞踊を習わせてもらったり、祖母の虐待にも「私たちは絶対にこうはならないでおこうね」と誓い励まし合って、結託して弟と妹を守り、大人になってからは共に助け合って母親をしてきた叔母で、元気な時から母にとって同志のような存在でもあったと思います。

母の余命宣告がなされたときも、一番近くで明るく振る舞って助けてくれたのもみっちゃんでした。

面会できない時期も毎日差し入れをし、妹夫妻と共に医師からの話を聞いてくれては私に電話をくれて、「心配しなくていいから」と励ましてくれたのもみっちゃんで、みっちゃんがいてくれたから、母も明るく前向きに生き切る覚悟を持つことができたと感じていたので、それらの感謝を手紙にしたためました。

やっと伝えることができて、よかったです。

みっちゃんからは、「私こそ、宮のお母さんと姉妹で、本当に良かったと思ってるよ。宮もこれからますます色々あるだろうけど、元気でね。いつでもうちに帰っておいでね。」と返事が返ってきました。

 

母の最期には母としての愛情ばかりを取り上げましたが、母にとって本当にたくさんの方々に愛情をもらい、また、愛情を交わし合えた期間でした。

それが、火葬を終え解散するときに、母から感じた集まり見送ってくれた方々への大きな大きな感謝の涙に集約されていたように思います。

みっちゃんだけでなく、皆の無償の愛が重なり合い交差し合う出来事でしたが、一人一人取り上げていたらキリがないのでこの辺で^^;

 

家族は、たくさんの努力があって、家族でいられるもの。

小さな思いやりやささやかな愛情を一つ一つ疎かにせずに積み上げた努力が確実に実るのもまた家族なのかも知れません。

その無償の愛を初めに与える役割こそ、聖なる「母」という役なのだなと感じます。

家族であることを当たり前と甘んじていたり、片想いのまま終えてしまったら、きっと肉親であろうと残るのは血のつながりだけになってしまいます。(と言って思い浮かぶのは父と姉なのですが^^;)

家族に生まれた意味を受け入れ、感謝し合い、愛し合い、永久なる幸せを願い合えるように、

互いが自分から愛し始める努力を惜しまず、私も母の背中をしっかり見つめ、追いかけたいと思います^^

 

たくさんの感謝があふれます。

皆からの母へのたくさんのありがとうと、母からのたくさんのありがとうが、母の前途を照らす光になっているといいなと思います^^🌸